Webぽれーる 第157号  (2019年2月28日発行)

投稿日時 2019-3-6 5:40:00
執筆者 staff
星置の歴史を歩く(第38回) 村元健治

「手稲鉱山のアメリカとの関わり〜憎き・恐ろしき・驚きのアメリカ」(手稲鉱山関係)

 手稲鉱山は、昭和10年(1935年)に三菱鉱業(蠅経営に乗り出してから本格的な操業が行われるようになった。
三菱は云うまでもなく我が国の会社なのだが、手稲鉱山ではアメリカとの関わりでいくつか紹介したいエピソードがある。
 まずその一つは戦前のことだが、星置通洞坑の近くに当時のアメリカの大統領だったフランクリン・ルーズベルトの顔に似た岩があり、これを鉱山職員らが「敵国憎し」でその岩に向けて石を投げつけていたということがあった。
 人呼んで「ルーズベルト岩」と呼ばれたこの岩は、大統領が仰向いた横顔に似ているもので、写真の通り前頭部の所は欠けているものの鼻から口、顎にかけて似てもいないでもない。
 アメリカとの戦争に突入してからは、日本を痛めつける許せない敵国の大統領として、その顔に向けて石を投げつけたというから、当時の世相を反映した庶民の行動だったと思われる。このアメリカとの戦争で、鉱山では終戦1カ月前(1945年)の7月15日、同国のグラマン戦闘機による空襲を受けたことがあった。
幸い死傷者は出なかったが、住民たちにとって極めて恐ろしい出来事だった。
 次に紹介するのは、これも戦前の昭和14年(1939年)の頃の話だが、手稲鉱山がアメリカ製の「RD-7除雪車」を購入したが、その除雪能力の威力は大変なもので、住民たちは改めて驚かされたということがあった。
 当時の鉱山を含めて地域の除雪は極めて不十分なものだった。このアメリカ製の除雪車は見るからに頑丈そのもので、鉱山はおろか当時軽川駅と呼ばれていた手稲駅までも除雪を行って人々の耳目を集めた。
この脅威の除雪車は、その威力が余りにも素晴らしかったので、その後、あちこちから出動の要請があって各地で大活躍したという。
 最後に紹介するのは終戦後、札幌に来たアメリカの進駐軍の兵士が鉱山にあった山神社の階段をジープで一気に駆け上がって、人々を驚かしたということがあった。
 この山神社には、急峻な階段が108段もあったが、そこをジープが一気に駆け上がったというのだから、その光景を見ていた人々は呆気にとられるとともに、その馬力に改めて目を見張った。その様子を見た人々の間から「これならアメリカとの戦争に我が国が負けたのも無理はない」という声なり、ため息が出たという。













今月のワンニャン♪

 今月は星置にお住まいの田中さん宅のキキちゃん(チワワ、♀、9歳)です。
 娘が6年生の時、狆(チン)という犬種を飼うつもりでペットショップに行きました。              
ところが狆は、すでに大きく育っていて迷っていたところ、手のひらに乗るくらい小さなキキに出会いました。
 その頃は、犬の毛色も濃いグレーで耳も垂れていて何の仔犬?とよく聞かれました。
 とても臆病で 吠えることも知らないのかな?と言うくらい大人しかったのですが最近は外でも気になる人や犬に吠えてしまい、強気になったな と思います。
車が大好きで、何処へでも一緒に行きたがります。置いていかれると窓辺で哀しい顔をして見送ります。かまって欲しいときは上手に前足で「撫でて!」と促します。
可愛い我が家の癒し犬です!




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